戦後日本で糖尿病患者さんが増えたのは、食生活の変化や運動量の低下、それによる肥満が原因と言われています。
肥満になると、インスリンの効き目がにぶり(インスリン抵抗性)、糖尿病の発症や悪化のリスクになるというのは、皆さんご存じですよね。
全糖尿病患者さんの90~95%を占める2型糖尿病の方は、実際に肥満を合併していることも多く、痩せるというよりも、むしろ太るという印象を持っている方が多いのではないでしょうか。
しかし、血糖値が高い状態が続くことによって急激に痩せることがあり、これは大変危険なサインでもあります。今回の記事では、その理由に迫ってみたいと思います!

急に痩せるのは、高血糖症状の一つ
糖尿病という病名は、血液中の過剰なブドウ糖が尿から排出されることで、尿が甘くなることに由来しています。
私たちの体にとって、ブドウ糖は大切なエネルギー源なので、通常、尿から捨てるようなことはしません。(実際はわずかに排出されています。)
健康な方であれば、血糖値は70mg/dLから140mg/dLの範囲に調節されています。多少暴飲暴食をしてしまったり、食事を抜いたとしてもこの範囲に収まるようコントロールされています。糖尿病になり、この値が180mg/dL以上と高血糖になると、尿中に糖分が排出されるようになります。
尿が甘くなる(高血糖の状態)というのは、血液中から尿中にブドウ糖が漏れ出す程、あり余っていていることを意味しています。
それならば、ブドウ糖というエネルギー(カロリー)が体に溜まっている高血糖の状態では、痩せるというよりも、むしろ太ると考えた方が自然な気がしますよね?
しかし実際には、高血糖の状態が続くと、のどが渇く、たくさんの水分を摂る、トイレに行く回数が増える、体重が減少するといった症状があらわれます。
高血糖(=血液中のブドウ糖濃度が高い)で血液が濃縮されると、その情報が脳の視床下部にある口喝中枢に伝えられ、のどが渇いたと感じて水を飲みたくなります。また、尿中のブドウ糖濃度が高くなると、その濃い尿を処理するために尿がたくさん作られるため、トイレに行く回数が増えます。
では、今回のテーマでもある”体重が減少する=痩せる”という症状は、どのような理由で説明できるのでしょうか?
糖尿病なのに痩せる理由は、エネルギー利用障害!
その理由を探るために、我われの体の中の糖の流れをおさらいしてみましょう。
食事として糖質(炭水化物)を摂取すると、消化酵素のはたらきによりブドウ糖に分解され、小腸から吸収されます。

(ノボ ノルディスク ファーマ株式会社、「徹底解説インスリン」より引用)
上の図は、健康な方の糖の流れを示しています。血液中にブドウ糖が吸収され血糖値が上がると、速やかに膵臓からインスリンが分泌されます。食事由来の栄養素を含んだ血液は、まず最初に肝臓に流れ込むのですが、この段階でブドウ糖の約半分が肝臓に取り込まれます。
そして、残りの半分が全身の細胞へ配られ、さらに余ったブドウ糖は骨格筋(筋肉)でグリコーゲン、脂肪細胞で中性脂肪に形を変えて蓄えられ、その結果、上昇した血糖値が元に戻ります。
私たちの体は、どんなに安静にしていても生命を維持するためにエネルギーを消費します。空腹時には、肝臓や骨格筋に蓄えたグリコーゲンを必要に応じて分解し、血液中にブドウ糖を供給することで需給のバランスをとっています。
ブドウ糖という現金が余ったら肝臓や骨格筋にグリコーゲンという形で貯金しておき、必要時には切り崩して、一定量の現金が循環するようコントロールしているのですね。なんと精巧なしくみでしょうか!
この精密な血糖コントロールに欠かせないのが、インスリンです。インスリンは血糖値を下げるホルモンと覚えている方も多いと思いますが、より詳しく表現するならば、”血液中のブドウ糖を細胞内に移動させるホルモン”と言えます。
実は、血液中にいくらブドウ糖があっても、全身の細胞の中に取り込まなければエネルギーを生み出すことができません。インスリンのはたらきが無ければ、宝のもちぐされどころか、高すぎる血糖値は血管にダメージすら与えてしまいます。
インスリンの分泌が低下したり、インスリンの効き目がにぶってしまうと、貴重なエネルギー源であるブドウ糖を十分に利用することができなくなってしまいます。これは体にとって大ピンチ!3大栄養素の糖質がダメなら、たんぱく質や脂肪からエネルギーを調達するしかありません。
そのような緊急事態では、筋肉を構成するたんぱく質や脂肪を分解し、アミノ酸や脂肪酸に変換することで、なんとかエネルギー不足を補おうとします。
大変前置きが長くなってしまいましたが、糖尿病で痩せる理由はズバリ、”インスリンの作用不足による糖質の利用障害”です。そのような状況では、代わりのエネルギー源として体のたんぱく質や脂肪が分解されてしまうため、体重が減って痩せるという結果になるわけです。
冒頭で、糖尿病では「ブドウ糖というエネルギー(カロリー)が体に溜まっている」と表現しましたが、正確には、「インスリンの作用不足によって、ブドウ糖というエネルギー(カロリー)が利用できず、血液内に溜まっている」ということですね。
急に痩せたら赤信号!病気のサインかも知れません
私たちの体は、ホメオスタシス(恒常性)といって、なるべく体の環境を一定に保とうとするはたらきがあり、急な変化を避けようとします。体温や血液の成分などと同様に、体重も短期間で減少した場合には何らかの病気が隠れている可能性があり、注意が必要です。
ちなみに、理想体重は「身長(m)×身長(m)×22」で計算することができます。身長が160cmであれば、1.6×1.6×22=56kgと計算されます。少し脱線しますが、1日の必要エネルギーはこの理想体重に25~30をかけることで算出できます。この例であれば、1日1400~1680kcalということになりますね。
特にダイエットや運動を始めたわけではないのに、急な体重減少(目安として半年で5kg)がみられた場合、一度病院にかかって診てもらった方がよいかもしれません。
急な体重減少がみられた場合、以下の病気のサインである可能性もあります。
- 糖尿病
- 甲状腺機能亢進症
- 悪性腫瘍
- 慢性膵炎
- 炎症性腸疾患
- 胃・十二指腸潰瘍 など
悪性腫瘍の場合、がん化した細胞が異常増殖するためにエネルギーを大量に消費するため、その結果痩せてしまうことがあります。中でも、胃がん、大腸がん、肺がん、膵がんで体重減少がみられやすいと言われています。
ご自身の体重を把握しておくことは、健康管理においてとても大切です。定期的な体重測定を、ぜひ生活に取り入れて、体が教えてくれるサインを見逃さないようにしてください。
まとめ
今回の記事では、体の中の糖の流れや血糖コントロールのメカニズムに触れながら、糖尿病で痩せる理由について紹介しました。
インスリンの作用不足がブドウ糖の利用障害を引き起こし、代わりのエネルギー源であるたんぱく質や脂肪の分解を招いて体重が減少する。私たちの体の、この苦渋の選択の背景をご理解いただけたでしょうか。
この記事を書きながら、ブドウ糖をエネルギー源として有効活用するために、24時間休まずに全身を駆け巡っている、インスリンというホルモンに改めて感謝の気持ちが湧いてきました。
膵臓に負担をかけないためにも、規則正しく、バランスの良い食生活をこころがけたいものですね。
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