糖尿病の患者さんから、”食後に強い眠気におそわれる”というお話を聞くことがあります。
その原因として、食事を摂ると胃腸の血流が増え、そのぶん脳の血流が減るためという説や、ホルモンバランスの変化、自律神経の影響など、さまざまな可能性が言われていますが、何が正しいのでしょうか?
今回は、糖尿病と食後の眠気の関係についてまとめてみました。
食後の眠気は、オレキシンという覚醒ホルモンの低下が原因

私たちは、当たり前のように朝になれば目を覚まし、夜になると眠くなって布団に入ります。
この何気ないスイッチONとOFFの切り替えを、脳内のホルモンが調節していることが近年分かってきました。
日中、目が覚めた状態をキープできているのは、「オレキシン」という覚醒ホルモンによって、スイッチがONになっているからです。
食事をして血糖値が上がると、このオレキシンの分泌が低下することが分かっており、これが食後に眠くなる原因の一つと考えられています。
空腹時はエネルギーをチャージする必要があるので、脳はオレキシンを分泌して覚醒をうながし、無事に食事にありつけたら、分泌が減って眠くなる。
そう考えると、われわれの体はとても合理的にできていますね。
その他にも、食後に眠気を催す原因として、「メラトニン」が関与しているという報告もあります。
メラトニンは先ほどの覚醒ホルモン、オレキシンとは正反対の睡眠ホルモンで、体内時計にはたらきかけて自然な眠気を誘うスイッチOFFのホルモンです。
こちらの方がメジャーなので、みなさんも聞いたことがあるかも知れませんね。
食事によって血糖値が上がると、膵臓(すいぞう)からインスリンが分泌されて、血糖値が下がります。
やや専門的なお話になってしまいますが、インスリンには血糖値を下げるはたらき以外に、血液中のアミノ酸を筋肉に取り込み、タンパク質の合成を促進するはたらきがあります。
アミノ酸の一種であるトリプトファンはメラトニンの原料なのですが、筋肉には取り込まれにくい性質があります。
この性質により、インスリンがたくさん分泌されている食後には、相対的に血液中のトリプトファンの濃度が高くなります。
すると、脳に移行するトリプトファンが増え、脳内でメラトニンが多く作られる結果、眠気をおこすと考えられています。
ちなみに、この2つのホルモンのはたらきに目をつけた製薬メーカーが睡眠薬を開発しています。それが、オレキシンのはたらきを抑えるベルソムラ®と、メラトニンの作用を高めるロゼレム®というお薬です。
食後に毎回やってくる眠気の原因はズバリ、これらホルモンバランスの変化と言えます。
食後に脳の血流が減って眠気が出るというのは間違い
以前から、食後の眠気の原因は、”食事をすると消化、吸収のために胃腸への血流が増え、その代わりに脳の血流が低下して眠気を引き起こすため”という説がありますが、これは全くの間違いです!
脳は全身の中で最も重要な臓器ですから、脳への血流は最優先されます。
もし本当に食後に脳の血流が低下してしまうのであれば、脳梗塞は食後に多いということになってしまいますが、そのようなことはありません。
少し脱線してしまいますが、我々の体はどこの臓器に、どれだけの血液を送り込むかを、今この瞬間も調節しています。どうしてそのような器用なことができるのでしょうか?
その秘密は血管(細い動脈)です。
心臓から送り出された血液は、太い動脈→細い動脈→毛細血管→細い静脈→太い静脈の順に流れ、平均1分程度で心臓に戻ってきます。
動脈は自律神経の命令によって、拡張したり、収縮することができます。
運動しているときは筋肉、食後は胃腸など、体の要求に応じて血管のサイズを変化させ、各臓器へ送り込む血液量を上手にコントロールしているわけです。
例えば安静時、筋肉には約1リットル/分の血液が供給されますが、運動時には20リットル/分にまで上昇します。
このような変動があっても、脳の血流は約700~800ミリリットル/分に保たれており、栄養不足にならないようVIP待遇を受けていると言えます。
食後の血糖値の変動が糖尿病患者さんの眠気の原因になる!
健康な方であれば、食事を摂って血糖値が上がると、速やかにインスリンが分泌されます。
この”あうんの呼吸”によって血糖値は一定の範囲内にコントロールされています。血糖値のピークは食後約1時間位で、通常140mg/dLを超えることはありません。
しかし、糖尿病やその予備軍の方で、インスリンの分泌が不足したり遅れたりする場合や、食後高血糖タイプの方は、下の図のように、食後の血糖値は大きく変動します。
(出典:テルモ「健康ガイド」より)
この食後の血糖値の乱高下こそが、糖尿病の患者さんの強い眠気の原因と言われています。
この原因については未解明の部分もありますが、最初にお伝えしたホルモンバランスの変動がより大きく、長く続くことが影響していると考えられます。
さらに、血糖値の上がり下がりに応じたインスリン分泌の調節がちぐはぐになり、必要以上にインスリンが分泌されてしまう場合もあります(機能性低血糖)。
それによって食後一時的に低血糖傾向になり、その症状として眠気が出現している可能性も考えられます。
糖尿病患者さんは低血糖症状としての眠気にご用心!
薬物治療を行っている糖尿病患者さんに、最も注意してほしい副作用は何と言っても低血糖です。
最近では、糖尿病治療薬として、さまざまなお薬が使用可能となっています。
なかでも、インスリンやスルホニルウレア(SU)薬、速効型インスリン分泌促進薬は、高い血糖降下作用を持つ反面、低血糖に十分な注意を要するお薬です。
一般に、血糖値が70mg/dL以下になると、冷や汗や動悸、手のふるえ、眠気、だるさといった症状が出現します。
患者さんに説明する時には、”低血糖になると、脳がこのままではまずい!と判断し、警告サインとしてこれらの低血糖症状を出現させます。この大切なサインを見逃さず、すぐにブドウ糖などを摂取しましょう”、と伝えています。
とにかくこの警告サインが出たら、すぐに対応することが大切です!
特に上記のようなお薬を使用中の方は低血糖に備え、胃腸からの吸収がもっとも速いブドウ糖をいつも携帯しておきましょう。
低血糖が進行し血糖値が50mg/dL以下になると、脳がエネルギー不足に陥り、30mg/dL以下にまで低下してしまうと、低血糖性昏睡になって命の危険がでてきてしまいます。
糖尿病患者さんが低血糖をおこしやすい状況として、以下のように様々な原因があります。
1. 食事の不足
- 食事の時間が普段より遅れたとき
- 食事を摂らなかったとき
- 食事(糖質)の量が普段より少ないとき
- 食欲低下や下痢のあるとき
2. アルコールの多飲
3. 運動の過剰
- 過激な運動をした後
- 空腹時に運動したとき
- 特別な運動後の夜間
4. インスリンの過量投与
- 不適切に量を変更したとき
- 入浴などでインスリンの吸収が促進されたとき
- 自己注射手技を誤ったとき
- 腎障害の悪化によるインスリン分解の低下
5. インスリン抵抗性の改善
- 肥満の改善
- ストレス・感染症の改善
- ブドウ糖毒性の解除
- ステロイド薬の減量
- インスリン拮抗ホルモン分泌不全
- インスリン抗体の減少などがあるとき
6. その他
- 上記の組み合わせ(インスリンの効果が強くでる時間帯に激しい運動をした時など)
- 他の薬剤との併用
(以上、糖尿病療養指導ガイドブック2017より引用)
低血糖やその対応に少しでも不安があったら、主治医の先生にしっかり相談しましょう。
まとめ
食後の眠気の原因は、脳の血流が低下するからではなく、主にオレキシンやメラトニンといったホルモンの影響であることを説明しました。
糖尿病の患者さんが強い眠気を感じるのは、食後の血糖値の乱高下によって、それらホルモンの変動が大きく、かつ持続することが原因と考えられます。
また、低血糖のサインの一つとして眠気が出ている可能性もあるので注意しましょう。
糖尿病で薬物治療をうけている方は、低血糖に備えて普段からブドウ糖を携帯してくださいね!
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